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2024年7月 6日 土曜日

犬の会陰ヘルニア(結腸固定法と仙結節靭帯を用いた整復法)


こんにちは 院長の伊藤です。

本日、ご紹介しますのは会陰ヘルニアの1症例です。

会陰ヘルニアは中高年の雄犬に良く見られる疾病です。

以前にもこの会陰ヘルニアについて、手術法の紹介もかねてコメントさせて頂きました。

その詳細はシリコンプレート使用例内閉鎖筋を用いた整復法例のそれぞれを興味のある方はクリックして下さい。


会陰ヘルニアは、直腸を固定(支持)する筋肉群が萎縮してヘルニア孔が発生して、骨盤腔内および腹腔内の器官がこのヘルニア孔を通って会陰部の皮下に脱出することを言います。

骨盤内のが脱出した場合、皮下で直腸が折れ曲がっていることが多く、結果として直腸内の便がスムーズに排便できなくなります。

直腸内に停留した便は水分が吸収され、硬化し次第に膨隆していきます。

膨隆した便塊は肛門の脇の皮膚を腫らします。

犬は排便障害・排便困難を呈して、来院されます。

来院時には何度となく手指による摘便を繰り返されており、直腸が手指による受傷を伴っている場合もあります。



ポメラニアンのライ君は食欲不振・嘔吐で来院されました。



よくよく臀部を診ますと肛門の左側の皮膚が膨隆しています。

会陰ヘルニアを発症していることが判明しました。

飼い主様の諸事情もあり、外科的整復手術の了解を得たのが5か月後です。

この時点で飼主様はライ君の高度の排便障害を訴えていました。

下写真の黄色丸が膨隆している会陰ヘルニアの箇所です。







レントゲン写真を撮影しました。

黄色丸は硬化した便塊です。





会陰ヘルニアは内科的治療では治すことが出来ません。

ヘルニア孔の周辺の筋肉を縫合して骨盤隔膜を外科的に再構築しない限り完治できません。

会陰ヘルニアの手術法は、昔から各種手術法が紹介されていますが決定打の手術法はありません。

獣医師各自の経験から手術法を選択しているのが現状です。

私自身、採用する手術法は患者の容態に合わせて数種類、選択肢を用意しています。

今回は、長らく会陰ヘルニア状態が続いていた点から、再手術を確実に防ぐためにも結腸を腹壁に固定する方法を選択しました。

ヘルニア孔から逸脱している腸を頭側に引っ張って、再脱出しないようにブロックする方法です。



まずは結腸固定のため、仰臥位から腹部正中切開します。





腹膜との癒着を促すために、結腸漿膜面をメスの背側で擦過します。



左側腹壁にメスを入れます。



メスを入れた腹膜と結腸を縫合して固定します。

縫合糸はPDSⅡを使用しました。



結腸固定(黄色丸)が完成しました。





この処置だけでは不十分で、次に伏臥姿勢をとって肛門の横からメスを入れて、骨盤隔膜筋の再構築をします。

今回は外肛門括約筋と仙結節靭帯を縫合する方法を採ります。



肛門左側のヘルニア部位にメスを入れます。



下写真黄色丸はヘルニア孔です。

大きな穴が開いているのがお分かり頂けると思います。



外肛門括約筋とは、まさに肛門の外周を取り巻く筋肉です。

仙結節靭帯は骨盤の坐骨から尾椎へと伸びる強固な靭帯です。

会陰ヘルニアでもこの靭帯は安定しており、周辺の筋肉群のように委縮することはないため、外肛門括約筋と仙結節靭帯を縫合することで確実な骨盤隔膜を再構築できます。






4か所を結紮するため、ナイロン糸を外肛門括約筋と仙結節靭帯にかけます。

仙結節靭帯を左の人差し指先で確認して縫合する場面が、今回は残念ながら写真が摂れていませんので載せることが出来ませんでした。

仙結節靭帯にかける縫合針は、丸針の先端をヤスリがけして先端を鈍化して使用すると靭帯の裏側に走行する血管や神経を損傷を回避できます。



仙結節靭帯は裏側に坐骨神経が走っており、針で引掻けないよう注意が必要です。

1針づつ確実に結紮していきます。



肛門が左側に引っ張られているような外観ですが、数日後には治まります。



手術は無事終了して、麻酔覚醒したライ君です。



術後のレントゲン像です。

脱出していた直腸も骨盤腔内に納まっています。





入院3日後のライ君です。

創部の腫脹も治まってきました。

3日目にしてスムーズな排便を認めました。



術後7日目、退院当日のライ君のお尻です。

ヘルニアで腫れていた部位は綺麗に平坦になっています。

排便時のいきみもなくなりました。



腹部の創傷部も良好です。





長らく排便時のいきみ、疼痛、排便障害に悩まされていたライ君ですがこれで解放されることと思います。

ライ君、お疲れ様でした!






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2024年7月 5日 金曜日

会陰へルニア(内閉鎖筋を利用した整復例)

こんにちは 院長の伊藤です。

以前、会陰ヘルニアについてコメントしました。

それはヘルニアの整復にシリコンプレートを使用した例でしたが、今回は生体内組織(筋肉)を利用したケースをご紹介します。

会陰ヘルニアの手術の術式は、古くは1940年台にさかのぼり、1980年台には米国獣医外科専門医協会(ACVS)が内閉鎖筋転移術を標準的術式と定めています。

その後、数多くの術式が考案され現在に至っていますが、どの術式も利点と欠点があり決定版となる術式はありません。

どちらかと言えば、術者の好みが大きいように思います。




マルチーズのチーズ君(未去勢、8歳)は排便時のいきみが気になり、かつ排便がスムーズにできないことで来院されました。

よくよく拝見しますと右側臀部が腫れあがっています。

直腸にバリウムを造影しますと下写真の黄色矢印にあるように右側にヘルニアの塊があり、直腸が圧迫されて蛇行しているのがお分かりになると思います。



チーズ君は、未去勢でありシニア世代であることから、会陰ヘルニアと診断し手術を実施することになりました。

会陰ヘルニアに加え去勢手術も行います。







肛門の右側傍ら全体が腫れているのがお分かり頂けるかと思います。



メスを入れたところ、いきなり大きな脂肪の塊が飛び出してきました。

いわゆるヘルニア内容物がこの脂肪の中に存在しています。

注意深くメスを進めますとヘルニア嚢の中は炎症が起こっており、透明な浸出液が溜まっており、膀胱の一部が突出していました。



ヘルニア内容を整理して、突出した膀胱を元の骨盤腔内へ戻しました。

指がしっかりヘルニア孔の中へ入ります。



ここでヘルニア孔の周辺の筋肉群をうまく縫合してこの穴を閉鎖してきます。

骨盤を構成する骨の中に坐骨があります。

この坐骨の内側に内閉鎖筋という筋肉が存在します。

この内閉鎖筋を坐骨から剥離して上に反転して、このヘルニア孔を閉鎖するという術式を今回実施しました。

下写真は、骨膜剥離する器具で坐骨から内閉鎖筋を剥がしているところです。





外肛門括約筋と肛門挙筋、仙結節靭帯を丁寧に縫合していきます。



最後に剥離した内閉鎖筋を外肛門括約筋・仙結節靭帯と縫合します。





術後のレントゲン撮影の写真が下です。

蛇行していた直腸がまっすぐになっています。



術後、2日間は排尿排便が疼痛でうまくできなかったチーズ君ですが、3日目にはしっかりできるようになりました。

会陰ヘルニアは再発率の高い疾病ですが、いかにヘルニア孔を確実に閉鎖するかにかかっています。

ヘルニア孔の補てん剤として、シリコンやポリエチレンメッシュ等の人工材料だと二次的な細菌感染が起こしやすいとも言われます。

私の経験では、人工材料での二次感染はありませんが、ヘルニア孔を閉鎖する筋肉のパワーが術後経過とともに弱くなっていくのを感じます。

生体の筋肉を利用した方がスムーズにヘルニア孔の閉鎖できるかもしれません。



チーズ君は無事、退院し排便できています。

会陰エルニアで排便を苦しんでるイヌ達を診るたびに、若い時に去勢をしていただければ、回避できたのにと残念に思います。



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2024年7月 3日 水曜日

レミングの耳垢腺癌(集団自殺説を含む)

こんにちは 院長の伊藤です。

レミングという動物をご存知でしょうか?

レミングはカナダ北部や北欧のツンドラ地方に棲息する小型齧歯類です。

体長は7~15㎝で体重は30~112gと報告されています。

冬眠はせず、越冬します。

体重の1.5倍の餌を毎日食べる大食漢だそうです。



このレミングは一定の周期で大量発生します。

不思議なことに大量発生の翌年には個体数が激減します。

こうしたレミングの極端な個体数の激増と激減は3~4年周期で起こるそうです。

大増殖した結果、レミングは新たな住処と餌を求めて集団移住をします。

その集団移住時に一部の個体が海に落ちて溺れ死ぬことがあり、この事象を以てしてレミングの集団自殺説が広がっています。

集団で川を渡ったり、崖から海に落ちる個体がいたりで絵的にはハメルーンの笛吹き男を彷彿とさせます。

加えてレミングの集団自殺説に拍車をかけたのがウォルト・ディズニーのドキュメンタリー(白い荒野)でレミングが崖から落ちるシーンや溺れ死んだ大量のレミングのシーンを上映したそうです。

実際は、自殺説は関係者の思惑による捏造で、あくまで集団移住時の事故であるとの見解が現在はなされています。


前説が長くなって申し訳ありません。

そんなレミングですが、本日ご紹介しますのは琥太郎君(3歳、雄)です。



琥太郎君は右頬が潰瘍になって肉がむき出しになっているとのことで来院されました。

下写真にありますように痛々しい状態です。



写真では撮影していないのですが、外耳道の末端部が潰瘍上になっており皮膚を穿孔して頬まで炎症が拡大しているようです。

患部を早速、細胞診しました。



上写真の黄色丸で囲んだ細胞群は、好塩基性の細胞質と著しい大小不同を呈する大型類円形核を有しています。

これは、以前同じく小型齧歯類のジャービルの腫瘍症例で報告した細胞と非常に似ています。

興味のある方はこちらをご覧ください。

腫瘍の発生部位から耳垢腺癌と診断いたしました。



この時点で琥太郎君は全身状態は良好で、お持ちいただいたケージ内の回し車で遊んだり出来ていました。





外科的な処置は不可能なので、内科的治療で経過を見ていくこととしました。

抗癌作用のあるD-フラクションや抗生剤の投薬を処方しました。

この5日後に残念ながら、琥太郎君は急逝されました。

レミングもジャービルも発症する腫瘍は同じであることを再確認させられました。

いろんな伝説と誤解の中で翻弄されてきたレミングですが、私からみると愛くるしい小型齧歯類です。





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2024年7月 1日 月曜日

ミーアキャットの皮膚外傷

こんにちは 院長の伊藤です。

本日ご紹介しますのは、ミーアキャットの皮膚外傷で外科的に縫合した後、肉芽形成を促し完治した症例です。


ミーアキャットは、哺乳綱食肉目マングース科スリカータ属に分類される食肉類であり、アフリカのサバンナや荒れ地に広く生息します。

体の長さはおよそ30cm、尾の長さは20cmほど。体重はおよそ600~900gくらいです。

野生のミーアキャットは最大で40頭ほどの群れになり、地下に巣穴を掘って生活しています。

群れとしての団結力が強く、独特な立ち姿で猛禽類やジャッカル等から警戒活動をします。

太陽に向かって尾を支えにして直立し、体を温める習性が特徴的です。

肉食よりの雑食で、虫(カブトムシやイモムシ、クモ、サソリ)や爬虫類、鳥や卵、小型のげっ歯類、果物などを食べています。

ミーアキャットはまだペットとして飼育する家庭は少なく、正しい飼育法も確立されていないのが現状です。

野性味が強く、突然攻撃的(噛んだり、鋭い爪で引掻く)になったり、群れで生活する動物なので単独飼育ではストレスを感じることが多いとされます。

そんなミーアキャットですが、同居している猫と喧嘩して前足を怪我したとのことで来院されました。

ミーアキャットのぽぽちゃん(生後3か月齢、雌、体重450g)ですが、前足の皮膚が咬傷で皮膚ごと剥離しています。



右前腕部の皮膚が咬まれて開放創になっています(下写真黄色丸)。





前腕骨へのダメージがないかレントゲン撮影をしました。



患部の拡大像です。

幸いに骨損傷はなく、前腕部の軟部組織の外傷で済んでいます。



思いの外、傷口が広いので全身麻酔を施して皮膚縫合します。



麻酔導入箱にぽぽちゃんを入れて、イソフルランを流入させます。




受傷部が痛々しいです。

患肢を疼痛のため、常時拳上しています。



麻酔導入が効いて来たようで、ぽぽちゃんが横たわりました。



麻酔導入箱の蓋を開けたところです。



速やかに外に出して、維持麻酔に切り替えます。



仰臥姿勢に保ちます。



患部周辺をバリカンで剃毛します。

ミーアキャットの被毛は密で柔らかいため、剃毛が難しいです。

加えて、皮膚が欠損しているため緊張をかけての剃毛が難航しました。





最後にカミソリで剃毛します。



傷口に入り込んだ被毛を洗い流し、患部を清浄化するために何度も生食で洗浄します。





手根関節(手首)の真上から肘方向(近位端)へ広範囲の皮膚欠損です。



捲れあがった皮膚を外科鋏でトリミングします。



5-0ナイロン糸で縫合します。





ミーアキャットの皮膚は犬と猫の中間くらいの弾力性を示しますが、皮膚の薄さはウサギに近い感じです。





皮膚に分布する血管の流れを阻害しない範囲で密に縫合します。



あまり緊張(テンション)を加えて皮膚縫合すると血行障害を来し、皮膚癒合する前に創縁が壊死を起こし縫合は未遂に終わります。



皮膚欠損部の両端は縫合出来ましたが、中央部は皮膚の縫い代が確保できず厳しい状態です。

開創部が皮膚縫合でカバーできない場合、生体は欠損部に肉芽組織を形成して、やがて皮下組織や皮膚に肉芽組織は分化して、回復の経過をたどります。



結局、中央部は開放創のまま(下写真黄色矢印)で肉芽組織を形成させる方針でドレッシング材(創傷被覆材)を使用することにしました。



今回の様に浅い創傷部の場合は、患部を生食で洗浄を繰り返し、創傷内に残った異物・組織片を取り除き(デブリードマン)、そしてドレッシング材で患部を被覆して最終的に肉芽組

織が増殖し、皮膚組織に分化させ治療は終了となります。

ドレッシング材は、ポリウレタンフィルムドレッシング、ハイドロコロイドドレッシング、ハイドロポリマードレッシング、ハイドロジェルドレッシングあるいは食品包装用ラップ

(サランラップ等)など各種あります。

今回はドレッシング材としてメロリン®を使用しました。

メロリン®はコットン・ポリエステル繊維を多孔性ポリエステルフィルムとポリエステル不織布で挟み込んだ3層構造を持つ非固着性吸収性ドレッシング材です。

このように各種ドレッシング材は存在します。

結局のところ、肉芽組織を良好に導入・形成・分化させるための、創面の清潔性・適度な湿潤環境の提供の目的でドレッシング材を使用します。



下写真は開創部にイサロパン®を散布しています。

このイサロパンは損傷皮膚組織の修復作用と分泌物の吸着による患部の乾燥化作用により治癒を促進する外用散剤です。



次いでメロリン®を患部のサイズに合わせてカットします。

患部(開創部)にメロリン®を貼付します。





紙ガーゼと粘着テープでテーピングして終了です。





抗生剤や止血剤を皮下注射します。



イソフルランを切り、酸素を吸入させます。





覚醒したぽぽちゃんです。



ひとまず手術は無事終了しました。

今後の開放創の肉芽形成を継時的に経過観察していきます。



術後1週目のぽぽちゃんです。



患部を生食で洗浄します。



下写真の患部(黄色丸)には開創部にうっすらと肉芽組織が形成されています。



ぽぽちゃんは患部をエリザベスカラーで保護してますが、カラーに馴染んでくると色んな形で患部の干渉をしてくるので注意が必要です。



術後2週のぽぽちゃんです。

下写真の黄色丸が肉芽組織ですが、1週目と比較して良好に欠損部をシートしています。



3週目の患部ですが、ぽぽちゃんは患部を齧って出血をしたそうです。

患部が明らかに腫大してます。

抜糸をしました。



下写真は4週目です。

患部の肉芽組織(黄色矢印)は良好ですが、まだ完全に皮膚に分化してません。



術後5週目です。

この1週間の回復スピードは素晴らしく、皮膚が綺麗に生着出来ています。

患部の周辺も発毛が始まっています。







患部の洗浄をします。



テーピングによる皮膚発赤はありますが、治療は終了です。





ペットとは言え、野生動物です。

飼育法を始め疾病、治療についても不明な点の多い動物ですが、比較的皮膚損傷の回復は犬猫より早いように感じます。

ぽぽちゃん、お疲れ様でした!




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