アーカイブシリーズ 犬の会陰ヘルニア(その1 前立腺脱出)
こんにちは 院長の伊藤です。
本日は久しぶりの犬の疾病紹介です。
犬の世界も高齢化が進んでおり、若い時期に去勢していなかった高齢犬が発症しやすい疾病です。
2012年4月に当院HPに掲載した記事です。
会陰ヘルニアについての術式は現時点でも決定打はなく、術者の好みで各種の術式が提唱されています。
今回、ご紹介するシリコンプレートは現在、私は使用していません。
それでも11年前の術式としては、その後の再発もなく完治しました。
宜しかったら、ご覧下さい。
当院のホームページの去勢・避妊の項目で軽く会陰ヘルニアについてコメントしましたが、今回この会陰ヘルニアについて詳細を載せたいと思います。
去勢をせずにシニア世代を迎える雄犬は、会陰ヘルニアをよく発症します。
骨盤隔膜という骨盤腔内の臓器が突出するのを防ぐ筋肉群があります。
この筋肉が加齢や性ホルモン分泌などによって、薄くなったり欠損して筋肉の隙間を骨盤内の臓器が飛び出して、皮下にヘルニアを形成します。
ヘルニアとは体内の臓器などが、本来あるべき部位から脱出した状態を指します。
この状態を会陰ヘルニアと呼びます。
脱出する臓器が、前立腺や膀胱であったり、直腸であったりします。
直腸の場合は、屈曲する直腸により排便時のしぶりや便秘が起こります。
自力で排便できず、飼い主様が肛門に指を入れて、摘便する場合もあります。
膀胱の場合は尿道が圧迫され、排尿障害に至り、緊急の手術が必要となります。
今回、ご紹介するのは10歳の未去勢雑種のチビ君です。
下の写真はお尻のアップです。
上の写真のように左側の会陰部が腫れ上がって、排便排尿時に非常に息むようになったとのことで来院されました。
血尿も混じるとのことで、緊急性もあり手術を実施することとなりました。
腫れている部分は皮下におそらくヘルニアが突出していますので、慎重に切開します。
この飛び出しているものはなんだと思いますか?
実は前立腺なんです。前立腺周囲嚢胞と言って、内部に浸出液を貯留しています。
実は前立腺嚢胞の内溶液を吸引しても、ヘルニア孔を介して脱出した前立腺を元の位置に収めることができませんでした。
前立腺が膀胱に比べてもかなり貯留液で膨満して大きくなっていました。
結局、下腹部を開腹して会陰部へ脱出している前立腺を腹腔内へ牽引しました。
上の写真で右端にあるのが膀胱です。左端に広がっているのが、内溶液を吸引後の前立腺です。
ここで前立腺全摘出も考えましたが、術後の出血・尿失禁等の合併症で術後の生活の質を悪化させる可能性があるため、今回は去勢を実施するのみで終了することとしました。
次に会陰部に戻り、ヘルニア孔を閉鎖する手術に移ります。
従来、この会陰エルニアの整復手術は決定版というものがなく、先に述べた骨盤隔膜を構成する筋肉(外肛門括約筋、肛門挙筋、内閉鎖筋、浅殿筋等)をうまく縫合して、ヘルニア孔を閉鎖する方法が報告されています。
今回、私が使用したのは人工材料としてのシリコンをヘルニア孔の閉鎖に用いました。
このシリコンプレートの利点は、手術時間が短時間で済むこと。多大な張力をかけて筋肉を引き寄せる必要がないので、骨盤隔膜が委縮してたり、薄くなっていても適応できるといったメリットがあります。
下の写真がシリコンプレートです。
周辺の筋肉にしっかりと縫合して、シリコンプレートのがたつき、浮きがないのを確認して皮膚縫合します。
会陰部の腫れも術前のようになく、すっきりしているのがお分かりいただけると思います。
その後の経過は、良好です。
この会陰ヘルニア整復手術は再発率が高く、骨盤隔膜の筋肉を利用する術式でも10~46%と米国で報告されています。
やはり、この疾患はなってから直すよりも早い時期に去勢手術を受けて、発症予防に努めていただきたいと思います。