ウサギのエーラスダンロス症候群様皮膚疾患(皮膚無力症)
こんにちは 院長の伊藤です。
本日ご紹介しますのは、ウサギのエーラスダンロス症候群(EDS)様皮膚疾患です。
舌を噛みそうな病名ですが、皮膚の強度・弾力性が無く、簡単に皮膚が裂けてしまうヒトの皮膚病に類似した疾病です。
ミニウサギのタピオカちゃん(メス、5歳5か月、体重2.7㎏)は右大腿部に皮膚欠損が生じて、患部が化膿しているとの事で来院されました。
飼い主様はどこかにぶつけたりした覚えもなく、気づいたら皮膚が裂けていたとの事です。
下写真の黄色丸は、皮膚欠損の部位を示しています。
思いのほか、患部は広く離開してます。
開放創のままでは、皮膚癒合は厳しいと判断して従来通りの皮膚縫合を行います。
ウサギの皮膚は、犬や猫と比較して皮膚が柔らかく、伸張性に乏しい特性があります。
そのため、皮膚欠損が大きな症例(例えば乳腺腫瘍で乳腺ごと摘出するような場合など)では、皮膚癒合に至るまで時間を要することが多いです。
イソフルラン単独で麻酔導入を実施します。
タピオカちゃんの麻酔導入が落ち着いてきたので、維持麻酔に変えます。
患部は細菌感染しており、膿も一部に認められましたのでしっかりと洗浄します。
ノルバサン・サージカルスクラブ®塗布した状態で患部周囲の剃毛を行っています。
血行障害を起こしていると思われる皮膚は切除・トリミングします。
もうすでにこの段階で皮膚が非常に柔らかく、脆弱な感じがありました。
皮膚本来の弾力性が無く、皮膚自体が薄いです。
下写真は皮膚と皮下組織を滅菌綿棒で鈍性に剥離しています。
皮膚欠損が広範囲のため、どうしても創面の皮膚に負荷をかけて牽引しなくてはなりません。
ある程度に皮膚を伸展させて縫合に移ります。
縫合針は、皮膚に損傷を与えないように丸針を使用したのですが、下写真黄色丸のように針で穿刺した部位から裂け目が生じ始めました。
縫合結紮した部位に次から次へと裂け目が生じています(下写真黄色丸)。
結局、縫合部しても傷口が開いてしまうため、単純結紮法では対応できないため、マットレス縫合で辛うじて皮膚縫合しました。
加えてステイプラー(医療用ホッチキス)で縫合部を強化しました。
下写真の状態で縫合処置は終了しました。
患部をガーゼで保護します。
激しい動きをした場合、縫合部が裂けてしまいそうな不安がよぎります。
退院時のタピオカちゃんですが、皮膚をつまんで上方に牽引したところ(下写真黄色矢印)です。
皮膚自体の弾性が弱く、かなり皮膚を伸張させることが可能です。
これは、明らかに他のウサギと一線を画すところです。
この段階で、コラーゲンの形成異常により発症するエーラスダンロス症候群(EDS)ではないかと疑いました。
遺伝的な問題で、コラーゲンの異常により皮膚が異常に伸びたり弛んでしまうことが特徴の病気です。
さて、術後2週目に来院されたタピオカちゃんです。
縫合部の皮膚を島状に残して、周囲の皮膚が離開しています(下写真黄色丸)。
下写真の青矢印はステープラーで縫合強化した皮膚の一部が瘢痕のように残っています。
いづれにせよ、通常の縫合では癒合に至らないようです。
エーラスダンロス症候群(EDS)は、皮膚・関節の過伸展性、各種組織の脆弱性(もろさ)を特徴とする遺伝性疾患です。
1901年に人医であるDr.エーラス、1908年にDr.ダンロスが報告したのが始まりです。
2017年に発表された国際分類・命名法では、13の病型に分類されました。
動物においては、肉眼的に症状が判断しやすい古典型EDSが犬やウサギで報告されています。
古典型EDSは、皮膚の過伸展性(伸びやすい)・脆弱性(容易に裂ける、薄い瘢痕、内出血しやすい)、関節の過伸展性(柔軟、脱臼しやすい)などの症状が見られます。
ヒトでは各種コラーゲン形成遺伝子の変異などを調べたり、各種EDS病型に対応した診断基準が存在します。
ヒトのEDSにおける死亡年齢の中央値は48歳であり、難病に指定されています。
しかしながら、獣医領域ではまだこのEDSについては、その詳細は究明されておらず、診断基準も出来ていません。
今回のタピオカちゃんにしても、決定的なEDSであるという診断基準がないためEDS疑い(EDS様皮膚疾患)というのが最終診断名となります。
結局、タピオカちゃんは皮膚縫合では癒合に至らず、開放創のまま極力、乾燥を防いで皮膚再生を促す治療を選択することにしました。
縫合した部位は皮膚が壊死に至っており、再度壊死した皮膚組織は切除します。
患部をトリミングします。
抗生剤軟膏を塗布します。
イサロパン®を患部に散布します。
このイサロパンは肉芽組織の増生効果が高いです。
加えて、患部にドレッシング用スポンジを当てて、保護します。
最後にストッキネットで患部テーピングが外れないよう固定します。
これで終了です。
処置後3週目のタピオカちゃんです。
肉芽組織は良好に増生し、皮膚組織に分化し始めています。
さらに、2週後の患部です。
皮膚はほぼ完全に再生しています。
皮膚からは、新たに増毛が期待できると思われます。
皮膚が根本的に脆弱であるため、外傷を受けないよう飼育環境には十分気を付ける必要があります。
ヒトでも、このEDSが発症した場合は、若くして逝去されることが多いため、動物でも同じことが言えるでしょう。
長らく、エリザベスカラーを必要とする生活を強いられてきました。
やっとカラーが外せてホッとしている感のタピオカちゃんでした。
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