犬の異物誤飲(その6 靴下 不思議な症例)
本日、ご紹介するのは異物誤飲の症例で、その6となります。
いつも健診で診ている黒パグの まろ君ですが、その日の午前中に来院されました。
まろ君は、3週間前に自分の靴下を飼い主様の目の前で飲み込まれたそうです。
その後、飼主様は毎日、まろ君の便をチェックされていたのですが、まだ靴下は出てこないとのことです。
3週間という長い期間、そのままで飼い主様が、経過観察されていたことにも驚きました。
誤飲した直後ならば、まだ吐かせたりすることも可能な場合が多いです。
いかに外科手術が好きな私でも、無節操に切りたくはありません。
まずはレントゲン撮影を実施しました。
よく見ますと胃内に均一な物体があります。
下写真に黄色丸で示しました。
その異物と思しき物体の大きさを計測しますと20×50㎜ほどです。
これは靴下の大きさに非常に近いとのことで、何とかしなければなりません。
飼い主様の意向も尊重してできうる限り、お腹は開けずに嘔吐させて、それで出てくれれば万事OKという方針にしました。
嘔吐促進させるため過酸化水素水を飲んでいただき、経過をみました。
まろ君はえづいて、胃内のドッグフードを嘔吐しましたが、残念ながら靴下は出てきません。
3週間もの間、嘔吐して吐き出すこともなかった靴下ですから、今になってスムーズに嘔吐が出来るかは疑問です。
しばらく嘔吐処置を続行しましたが、靴下を吐かせることはできませんでした。
結局、飼主様のご了解を得て試験的開腹をすることとなりました。
すぐに手術出来ればよかったのですが、外来の診察が長引いて、メスを入れることになったのは19時でした。
時間をかけて丹念に胃内を探査するのですが、残念ながら靴下は胃内には存在しません。
レントゲン上では存在していると思っていたので、頭を抱えてしまいました。
本来なら1時間内で終了するはずが、事は簡単に終わりそうにありません。
開けた胃を縫合して、十二指腸から下流の腸を確認して行きます。
空回腸から下行結腸は殆ど空の状態です。
調べられる範囲での探査では異物と思しき物体は存在しませんでした。
納得のいかない状況ですが、やむを得ず閉腹しました。
その後、まろ君の麻酔覚醒に時間がかかり、心配した面もありましたが無事手術は終了しました。
その翌日、スタッフがまろ君が硬い便をしているのを発見しました。
便の中に布のようなものが入っているようで、洗ってみると。
なんと糞便中に昨晩、必死になって探していた靴下が見つかりました!
まろ君といえば、すっきりした顔で安堵の表情を浮かべているかのようです。
今回の1件、もう一度思い起こしてみれば、前日の午前中に嘔吐処置をおこなって、激しくえづいた結果が靴下を口へ吐出することが出来ずに(噴門部と靴下の大きさの関係で)、幽門部から十二指腸へ送り出してしまったのではないか?
加えて、7時間以上の時間が経過してからの試験的切開であったため、靴下はすでに骨盤下の直腸近くまで下りてしまったのではないだろうか?
この推察が正しければ、私が靴下を探している時には、すでに靴下は便と共に排便の時を待ち構えていたということです。
過酸化水素水で嘔吐処置を実施せず、速やかに胃切開を行っていたら靴下を胃内で捕まえることが出来たかもしれません。
手術中は、いくつかの要因が積み重なって、思いもよらぬ結果を招くことがあります。
結果として、3週間、まろ君のお腹の中に留まっていた靴下は体外に出ましたし、将来的に異物誤飲による消化器障害にならずに済みました。
とはいえ、正攻法で異物摘出が出来なくて、まろ君にも飼主様にも申し訳なく思います。
まろ君は5日間の入院で元気に退院されました。