こんにちは 院長の伊藤です。

本日ご紹介しますのは、ハリネズミの膣脱です。

メスの場合、発情期のエストロジェン刺激に起因する膣粘膜の水腫性変化・過形成により生じるのが膣脱です。

膣脱の場合、外陰部から膣が組織脱出します。

膣壁の全周360度に及ぶ膣粘膜の突出から始まり、血行障害からの浮腫により腫脹した状態となります。

治療法として、整復を試みて脱出部が戻らない場合や壊死が起こっている場合は、脱出部を切断・縫合を施します。

ヨツユビハリネズミのマリアちゃん(雌、1歳5か月齢、体重305g)は血尿が続くとのことで来院されました。

いつものことながら、雌の血尿は子宮疾患を疑います。

最悪、子宮腺癌の可能性もありますので、予防医学的見地からも卵巣・子宮全摘出手術を勧めさせて頂きました。

さて、手術実施を決めてから2週間後の手術当日、マリアちゃんは血尿は継続してあるのですが、なんと膣脱が起こっていました。

この膣脱は卵巣子宮全摘出の手術のため、全身麻酔をかけた時点で気づきました。

ハリネズミの場合、日常的に下腹部をしっかり見る機会が少ないと思われますが、おそらく何日か前から膣脱が生じていたようです。

全身麻酔の導入を行っているところからご覧頂きます。

ガス麻酔導入後、維持麻酔に変えます。

下写真、黄色丸は膣脱を示します。

外陰部から膣が飛び出しているのがお分かり頂けると思います。

麻酔下で膣脱が整復できるか、確認します。

脱出している膣壁を洗浄消毒します。

綿棒を用いて、脱出した膣の外周を優しく戻していきます。

既に膣壁の黒くなっている部位は壊死が起こっていると判断しました。

綿棒による整復処置は困難を極め、これ以上続行すると脱出膣壁を傷つけますので止めました。

結局、脱出膣壁を外科的に切断し、整復する方針に変更します。

メスを入れる部位を剃毛・消毒します。

マリアちゃんに装着した生体情報モニターのセンサーが仰々しいですが、この姿勢で手術を実施します。

心拍数、血中酸素分圧も良好です。

まずは、卵巣子宮全摘出手術を実施します。

腹筋を切開します。

下写真に出てきているのは、若干腫大の認められる子宮角です。

子宮角が充うっ血・腫大しています。

今回は膣脱が主題ですから、卵巣子宮全摘出については、あらましだけ説明します。

卵巣動静脈をバイクランプでシーリングした後、子宮頚部を縫合糸で結索します(下写真)。

結紮した子宮頚部より近位端を外科剪刃で離断します。

子宮頚部離断端を縫合します。

これで卵巣子宮全摘出は完了です。

筋肉層、皮膚層を縫合して終了です。

さて、本題の膣脱手術です。

先端が黒くなっている脱出した膣壁(下写真黄色矢印)は、壊死を起こしていますので離断します。

脱出膣壁を支持するために縫合糸を膣壁に通します。

左右方向(下写真黄色矢印)から支持糸で脱出膣部を安定させます。

壊死部位(黄色丸)を鋏で離断します。

犬猫の場合、尿動口に尿道カテーテルを入れて脱出膣部の切除位置を確認します。

残念ながら、ハリネズミの場合は脱出膣部も小さく、加えて壊死部が広いために尿動口の確認が出来ません。

残念ながら尿動口に入れることのできるサイズのカテーテルは存在しません。

細心の注意を払って、壊死部(黄色丸)を最小の範囲で切除します。

離断端からの出血が認められます。

断端部は壊死していない証となります。

患部を生理食塩水で丹念に洗浄します。

滅菌綿棒で断端部の止血を行っています。

止血剤を患部に滴下します。

出血が納まったところで、断端壁の外周を縫合します。

膣断端の外周縫合は完了です。

手術が終わり、麻酔から覚醒したマリアちゃんです。

麻酔覚醒直後の外陰部です。

膣離断部がまだ外陰部内に完全に戻りきっていない状態です。

覚醒1時間後の外陰部です。

手術直後と比較して膣断端部は戻りつつあります。

手術翌日のマリアちゃんです。

外陰部はまだ若干の腫脹はありますが、膣断端は戻っています。

術後、マリアちゃんは気持ちよく大量の排尿はしていませんが、少量であれ排尿は出来ています。

また外陰部からの出血も治まっています。

今回摘出した子宮には、子宮内膜の間質性肉腫が病理学検査で確認されました。

下写真は子宮内膜の間質性肉腫の病理写真(中拡大)です。

子宮内膜はびまん性に過形成しています。

高倍率像です。

大型の核や複数の核を持つ腫瘍細胞が認められます。

卵巣子宮全摘出を実施することで、今後の膣脱の予後は良好とされます。

マリアちゃんの今後の経過を診て行きます。

マリアちゃん、お疲れ様でした!

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