こんにちは 院長の伊藤です。

本日ご紹介しますのは、ハリネズミの扁平上皮癌により断脚しなければならなくなった症例です。

以前にハリネズミの扁平上皮癌についての詳細は、こちら(ハリネズミの扁平上皮癌)こちら(ハリネズミの扁平上皮癌 その2)をクリックして下さい。

ヨツユビハリネズミのハーリーちゃん(雌、3歳、体重350g)は後ろ足が腫れて、他院で治療を受けていたけどさらに酷くなってきたとのことで、三重県からの受診です。

ハーリーちゃんの右後肢(黄色矢印)は、既に足としての形状をなしていないほど腫大しており、辛うじて体重を支えている模様です。

後肢の先端部は黒変しており、壊死が進行しているのが分かります。

元気食欲もなく、全身状態も良くありません。

ハリネズミである以上、身体を丸めますが右足は腫大のため格納出来ず、自らの針で右足を穿刺してしまい(下写真)、外傷による細菌感染も進行しています。

まずレントゲン撮影を実施しました。

踝骨(くるぶし)から下の中足骨、趾骨にかけて既に骨融解しており、壊死が進行しているのが分かります。

骨腫瘍の可能性も考え、また壊死による敗血症を回避するためにも、早急な断脚が必要です。

飼い主様のご了解を頂き、断脚手術を実施することとなりました。

ハーリーちゃんのは、麻酔導入箱に入って頂き、イソフルランを流入します。

麻酔導入が完了したところで、箱から出てもらい維持麻酔に変えます。

断脚は大腿骨骨幹部を離断する予定です。

患部周囲の剃毛を実施します。

ガス滅菌済みの粘着テープで後肢患部をテーピングします。

後肢の内側面からメスを入れて行きます。

後肢大腿部は大腿動脈や大腿静脈などの太い血管が走行しています。

これらの血管を結紮し、大腿内側の筋肉を切断します。

慎重に皮膚を切皮します。

大腿動静脈が出て来ました。

縫合糸を用いて血管を結紮します。

近位端と遠位端に2か所結紮し、メスで離断します。

メスで血管を離断します。

結紮部からの出血がないことを確認します。

続いて、筋肉層をバイポーラで切断していきます。

縫工筋、恥骨筋をここで切断します。

さらに外側面にある大腿四頭筋及び大態二頭筋、内転筋、半腱様筋を切断します。

下写真黄色矢印は大腿骨を示します。

大腿骨骨幹部を骨剪刃で離断します。

大腿骨の離断が完了しました。

軟部組織をトリミングします。

下写真黄色丸は離断した大腿骨断面です。

次いで、切断した各種筋肉を縫合して大腿骨断面を覆い、完全に閉鎖します。

最後にナイロン糸で皮膚を縫合して終了です。

ハーリーちゃんはまだ半覚醒の状態です。

イソフルランを切ってから、5分くらいで覚醒に至りました。

僅か350gの体からすれば、断脚は大きな試練です。

出血による血圧の下降、壊死部からの細菌が全身へ飛んでの敗血症など、術後に憂慮すべき点はたくさんあります。

出血も最小限で止めることが出来ましたし、麻酔覚醒も順調に終了しました。

術後のレントゲン写真です。

下写真の黄色丸は大腿骨の切断部を示します。

断脚した足です。

この足を改めてレントゲン撮影しました。

写真黄色下矢印は踝骨から爪先までが骨融解しているのが分かります。

腫瘍によって、骨が侵されたものと思われます。

この断脚した患部を病理検査に出しました。

手術翌日のハーリーちゃんです。

表情も良い感じです。

3本足でもなんとかバランスを取って歩行をしています。

ハーリーちゃんは、術後の経過も良好で5日後に退院して頂きました。

病理検査の結果ですが、扁平上皮癌との診断でした。

ヨツユビハリネズミは扁平上皮癌の罹患率が高いと思われますが、多くは口腔内に発生するタイプです。

今回は、足先から腫れて来たとのことですから、爪から扁平上皮癌が発症したのかもしれません。

扁平上皮癌とは、生体を覆っている上皮の一部である扁平上皮が腫瘍化したものを指します。

扁平上皮癌は、皮膚が存在している部位ならばどこでも発症する可能性のある悪性腫瘍です。

代表的な場所としては、鼻腔・副鼻腔・舌・口腔・扁桃・・股間などに犬では多いとされています。

ヨツユビハリネズミでは、まだその詳細は不明ですが、恐らく犬に準ずると思われます。

下写真は患部の病理標本です。

低倍率像です。

黄色矢印にあるのは、大小不規則な胞巣状の病変です。

この胞巣は、扁平上皮癌に特徴的な病理像です。

胞巣の拡大像です。

胞巣の中心部は、玉ねぎの皮のように何層にも角質(ケラチン)の形成を認めます(下写真黄色矢印)。

この胞巣を癌真珠と呼びます。

他部位の中等度倍率の病理像です。

胞巣内には、扁平上皮癌の細胞群が認められます。

拡大像です。

角質を産生する鱗状の腫瘍細胞が散在します。

今回、腫瘍細胞の脈管内浸潤は認められなく、近位端組織のリンパ節への転移もないとのことです。

扁平上皮癌は局所の浸潤性増殖を特徴とします。

腫瘍の遠隔転移は比較的まれです。

病理医からは、今回の摘出で根治が期待されるとのコメントがありました。

退院後3週間を経て、抜糸で来院されたハーリーちゃんです。

傷口も問題なく癒合してました。

経過も良好で元気食欲も元に戻ったとのことです。

歩行について走ることも上手に出来るようになりました。

今回のような四肢末端部の扁平上皮癌であれば、早期の外科的切除が功を奏するでしょう。

しかしながら、私の経験では圧倒的にヨツユビハリネズミは、口腔内の扁平上皮癌が多く、完治を目指すことは困難です。

これは、ハリネズミに限らず他の動物でも同じことだと思います。

ただ1kg未満の小さな動物であるため、犬のように外科的に顎切除は不可能であり、化学療法にも限界があり、放射線治療も厳しいでしょう。

せめて、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDS)の投薬でペインコントロールする範囲に留まると思われます。

エキゾチックアニマルの腫瘍治療は、犬猫と比較しても治療法の選択肢が限られてしまうのが辛い所ですが、善処していきたいと思っています。

ハーリーちゃん、お疲れ様でした!

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