フトアゴヒゲトカゲの扁平上皮癌
こんにちは 院長の伊藤です。
今回取り上げますのはフトアゴヒゲトカゲの腫瘍です。
フトアゴヒゲトカゲにおいては眼瞼周囲に扁平上皮癌の発生が比較的多く認められます。
フトアゴヒゲトカゲのチャコちゃん(雌 4歳11カ月)は右瞼が大きく腫れているとのことで来院されました。
右瞼はこんな感じで腫大しています(下写真黄色丸・黄色矢印)。
トカゲ類は視力に頼って、捕食行動をしますので右眼が見えないとなるとコオロギ等の生餌を捕まえることが出来なくなります。
チャコちゃんにとっては死活問題となります。
左眼は健常であるのが幸いです。
患部の角化が進行し、細胞診のため針穿刺しても細胞が検出できないため、手術で腫瘤ごと摘出した後に病理検査することとしました。
麻酔導入箱に入ってもらい、イソフルランを流し込みます。
イソフルランによる麻酔導入が上手くできましたので、ガスマスクで維持麻酔を実施します。
右眼が腫れていますので、隙間を作らないように自家製のマスクを上手くかぶせます。
トカゲ類は基本、鼻呼吸ですから、両鼻をマスクできれば維持麻酔は可能です。
維持麻酔がしっかり出来ていますので、患部に硬性メスを入れます。
腫瘤がどれくらいの深さにまで浸潤しているか、ピンセットを患部に入れて見当を付けます。
患部の芯部は脆弱な組織です。
上瞼の上部に形成された腫瘤です。
この腫瘤が腫大したため、チャコちゃんは瞼が開けることが出来ない状態です。
滅菌綿棒を使用して皮膚に裏打ちしている腫瘤の組織を剥離して行きます。
この腫瘤は腫瘍組織であると思われますが、血管がたくさん走行しており止血剤を滴下しながら組織を剥離します。
皮膚を牽引しながら硬性メスで腫瘤を剥離して行きます。
患部を切除しました。
腫瘍を念頭に置いた手術ですが、患部のマージンを多く取るとすれば上瞼も全部摘出する必要があります。
飼い主様にもその点、ご了解いただき日常生活で支障のない範囲での摘出とさせて頂きました。
摘出した後の皮膚です。
取り得る範囲は摘出しましたが、それなりの皮膚欠損を伴いました。
次に皮膚縫合します。
5‐0サイズの縫合糸を使用しました。
縫合はこれで完成です。
麻酔からチャコちゃんは覚醒し始めました。
哺乳類と比較して、爬虫類は麻酔のかかりが緩やかで覚醒には時間を要します。
フトアゴヒゲトカゲの場合、ストレスがかかると下顎が黒く変色します。
手術のように色んなストレスがかかる場合は、チャコちゃんの様に黒くなる個体は多いです。
全身麻酔自体が体温を低下させますので、手術中もヒーターで体温を下げないようにしていますが、哺乳類と異なり変温動物だけに体温調整は難しいです。
翌日のチャコちゃんです。
少し眼を開けることが出来るようになりました。
しばらく目薬の点眼も必要です。
下写真は摘出した腫瘤です。
病理検査に出しました。
下写真は病理検査の顕微鏡写真です。
検査結果は扁平上皮癌でした。
扁平上皮癌はケラチノサイト(表皮角化細胞)由来の悪性腫瘍です。
下写真は低倍像です。
ケラチノサイトの島状・索状増殖が認められます。
高倍率像です。
索状・島状の増殖像の中心部には同心円状に堆積したケラチン(癌真珠)(赤矢印)が認められます。
黄色矢印は扁平上皮癌の腫瘍細胞です。
腫瘍細胞の周囲はマクロファージやリンパ球、形質細胞が浸潤して炎症像(下写真黄色丸)が認められます。
チャコちゃんは手術当日、無事退院して頂きました。
術後2週間後のチャコちゃんです。
抜糸のため来院されました。
右眼はしっかり開いています。
扁平上皮癌は局所における浸潤性増殖が特徴で、他の臓器などに遠隔転移することは稀とされています。
しかしながら、悪性腫瘍であり再発するケースも多いです。
腫瘍の周囲も含めて広くマージンを取ることが出来ればよいのですが、顔面周辺に発生することが多いため完全摘出は厳しいことが殆どです。
チャコちゃんも今回の手術は綺麗に出来ましたが、実はこの3か月後に同じ部位から再発が認められました。
飼い主様の熱心なご要望もあり、再手術を実施させて頂きました。
今後は患部の慎重なモニターリングが必要です。
チャコちゃん、大変ですが生活の質を落とすことなく状態が安定されるのを祈念します。
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