こんにちは 院長の伊藤です。

本日ご紹介しますのは、フトアゴヒゲトカゲの眼瞼(まぶた)の内側から眼球を覆うように発生した悪性腫瘍の症例です。

フトアゴヒゲトカゲのアト君(4歳、雄、体重450g)は右眼瞼が腫れ始めたとのことで来院されました。

下写真の黄色丸が腫大した右眼瞼です。

すでに瞼を満足に開けることも出来ない状態です。

下写真の真上からみた状態です。

正常な左眼と比較して、右眼の腫れ具合が分かると思います。

右瞼内側部に腫瘤が存在し、腫脹した結果、瞼を下から持ち上げているようです。

アト君は眼球を動かすことは出来るようです。

この腫瘤が何なのかを確認するために細胞診(針生検)を行いました。

腫瘤に注射針を穿刺して細胞を吸引します。

この細胞診の結果、間葉系細胞の増殖が認められました。

検査センターで確認してもらったところ、炎症反応を伴わない間葉系細胞群であり、腫瘍性病変の可能性(特に肉腫)があるとのことです。

時間と共に患部が腫大しているとのことなので、患部を外科切除することとなりました。

早速、アト君に全身麻酔を施すため、麻酔導入箱に入ってもらいました。

麻酔導入が終了したところで、外に出してイソフルランによる維持麻酔を行います。

瞼、眼球周囲の腫大が著しいため、マスクを辛うじて鼻にかけることが出来ました。

メスの切開部位ですが、眼球の裏側に回り込んでる可能性もあり、上瞼から切開を入れてアプローチする方法を採りました。

瞼の切開部を少しずつ広げて行きます。

眼瞼部は血管が豊富に走行しているため、綿棒で圧迫止血しながら切開を進めて行きます。

白いボール状の物体が腫瘤です。

眼球を取り囲むように腫瘤が存在しています。

瞼の付根近くになると太い血管(下写真黄色丸)が現れて来ます。

バイポーラ(電気メス)を用いて血管を切開・止血していきます。

腫瘤の全貌が現れ始めました(黄色矢印)。

下写真の黄色矢印はアト君の眼球です。

次いで、眼球に付着している腫瘤を少しずつバイポーラで剥がしていきます。

バイポーラの先端が眼球に接触しないよう慎重に腫瘤を剥離します。

剥離するたびに出血が始まり、滅菌綿棒で圧迫止血します。

しっかりと鉗子で腫瘤を把持して牽引します。

腫瘤の辺縁は瞬膜腺の背側葉に癒着していました(下写真白矢印)。

瞬膜腺の背側葉を切除します(下写真黄色丸)。

出血が著しいため、バイポーラでは眼球に障害を与えますので、局所止血剤(ヘマブロック®)を噴霧します。

これで何とか止血は完了しました。

止血が落ち着いたのを確認した後、5-0ナイロン糸で眼瞼を縫合します。

縫合が終了しました。

大きな腫瘤でしたが、無事摘出出来ました。

アト君の麻酔からの覚醒を待ちます。

覚醒したアト君です。

今回摘出した腫瘤です。

フトアゴヒゲトカゲの小さな眼瞼内に形成された腫瘤としては、かなり大きなものです。

下写真黄色矢印は瞬膜腺の背側葉です。

背側葉は腫瘤と癒着しており、その部分は腫瘤と一緒に摘出しました。

病理検査の所見です。

下写真は腫瘤の中拡大像です。

高度に異型性を示す類円形・多角形・短紡錘形腫瘍細胞のシート状増殖巣
から構成されています。

下写真は高倍率像です。

腫瘍細胞は高度に大小不同で類円形から楕円形を示し、奇怪な巨核を有するものも認められます。

病理医からは、これらの細胞群の高度異型性・浸潤性から悪性腫瘍の判定ですが、形態学的特徴に乏しいため、その起源の特定は困難とのことでした。

形態学的には肉腫(悪性間葉性腫瘍)を疑います。

腫瘍細胞の脈管浸潤像は認められませんでした。

手術翌日のアト君です。

すすんで食餌を摂れています。

術後2日目に退院して頂きました。

退院当日のアト君です。

まだ右眼は開けることが出来ません。

下写真は、術後18日目のアト君です。

患部の抜糸です。

瞼の開閉は、ぎこちないけどある程度可能となりました。

上眼瞼部は皮膚の色から見て、一部壊死を起こしているようです。

さらに2週間後のアト君です。

縫合部の一部は、脱落壊死を起こしました。

トカゲ類は、下眼瞼が上眼瞼に向かって開閉しますので、瞼が開きっぱなし(眼球の常時露出)という心配はありません。

上眼瞼の再生を今後、経過観察していく予定です。

大変な手術でしたが、右眼の視力も問題の無い様です。

悪性腫瘍であったことから、今後も注意して経過を見て行きたいです。

アト君、お疲れ様でした!

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