こんにちは 院長の伊藤です。

本日ご紹介しますのは、ウサギの眼窩膿瘍です。

ウサギは齧歯目の動物である以上、歯科疾患に関わる疾病が多いです。

特に上顎部の臼歯(奥歯)が正常であれば、齧歯目ですから臼歯先端部は口腔内に伸長します。

しかし、臼歯の伸長が何らかの原因(不整咬合など)で阻害されると、眼球を支えているている眼窩という顔面の骨へと上顎臼歯歯根が過長します。

伸びすぎた上顎臼歯歯根は周囲組織と炎症を引き起こし、場合によっては膿瘍が形成されます。

その結果、眼窩に膿瘍が蓄膿し、圧迫された眼球が突出するという事態を招きます。

ネザーランドドワーフのおもちちゃん(4歳、避妊手術済み、体重1.0kg)は左眼の流涙、やや左眼球突出傾向があるとのことでの来院です。

角膜損傷はなく、眼圧測定では左右ともに正常でした。

鼻涙管の炎症を疑い、抗生剤・消炎剤の内服投薬・点眼の指示をしました。

その3週間後に左眼が一挙に突出したとのことで来院されました。

下写真で左眼球が高度に突出しているのがお分かり頂けると思います。

エコーで眼球の状態を検査しました。

エコーのプローブ(端子)をおもちちゃんの左眼球に当てます。

下写真がエコー結果です。

青矢印は眼球を示します。

眼球突出に伴い、眼球を瞼で保護できなくなり、眼球表面が乾燥したことから、角結膜炎および角膜損傷を起こしています。

黄色矢印は眼窩部に溜まった膿を示します。

プローブの角度を変えて見たのが下のエコーです。

黄色矢印が、眼球を包み込むように溜まった眼窩内の膿です。

次いでレントゲン撮影を実施しました。

青矢印は突出した眼球を示します。

黄色丸は、上顎臼歯歯根部の骨破壊・骨増生及び石灰化を伴って、歯根部が眼窩内へ伸長している状態を示します。

下写真青矢印は、突出した眼球です。

黄色丸は、上顎臼歯歯根部の病変(びまん性の骨吸収・石灰像)を示します。

歯根部が眼窩へと伸びてます。

上顎第3前臼歯~後臼歯歯根部に発生した膿瘍は、眼窩内に発生、蓄膿します。

今回のおもちちゃんの眼球突出は、左上顎臼歯の根尖膿瘍に端を発した眼窩膿瘍が原因で発症したものです。

このケースの根本的治療は、該当する上顎臼歯の抜歯と眼窩内の膿瘍の排出です。

口腔内を検査したところ、左上顎臼歯の動揺は認められず、加えておもちちゃんの全身状態が悪いため、全身麻酔を含めた上記処置は一先ず見合わせることとしました。

しかし、左眼球の障害がこのまま進行するようなら、眼球摘出を飼主様にお勧めしました。

出来うる限り、眼球摘出は避けたいのですが、命を守るためには止むを得ません。

その5日後、左眼から排膿が起こり、来院されました(下写真)。

実はこの日の2日後には、おもちちゃんの眼球摘出を予定してました。

眼窩の蓄膿量が限界に達したと思われます。

眼窩膿瘍が発生部位により、下眼瞼周囲の皮膚に隣接する場合があります。

その状況であれば、眼窩からの排膿が可能となります。

今回のおもちちゃんはそのケースであり、排膿が上手く出来たら眼球突出も戻り、眼球摘出を回避できるかもしれません。

眼球と眼窩の間の隙間から出てくる膿を綿棒で掻き出します。

可能な限り排膿しました。

若干、左眼周囲の腫脹も小さくなったようです。

この状態で経過を診ながら、左眼球損傷の治療を継続します。

眼球突出から1週間後のおもちちゃんです。

角膜穿孔部に角膜膿瘍が形成されています。

抗生剤点眼薬(オフロキサシン)と0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬、加えて抗生剤・非ステロイド系消炎剤の内服を処方しました。

下写真は眼球突出2週目です。

エリザベスカラーを装着して眼球を傷つけないように保護します。

おもちちゃんは体重が1kg前後のウサギなので、首に負担がかかってしまいますが今は我慢して頂きます。

下は4週目のおもちちゃんです。

角膜の蓄膿は相変わらずですが、眼球の突出は落ち着いてきたようです。

42日目のおもちちゃんです。

角膜膿瘍はかなり改善が認められます。

56日目の写真です。

まだ圧迫すると、眼窩と結膜の隙間から排膿があります。

101日目の写真です。

角結膜炎も改善して来ました。

115日目です。

常時ではないのですが、不定期に左眼窩からの排膿が認められます。

左眼の突出は落ち着いて来たようです。

角膜炎および角膜潰瘍も良くなりました。

159日目です。

左眼窩からの排膿も認められません。

左眼からの流涙はまだあります。

195日目です。

眼窩からの排膿はなく、左眼も機能しており日常生活も支障なく送れるようになりました。

231日目です。

370日目です。

眼球突出から約1年経過しました。

左眼の状態は良好です。

左上顎第3前臼歯の動揺が確認され、鉗子で抜歯しました。

下写真がその第3前臼歯です。

この臼歯が原因で、おもちちゃんは長期の治療を強いられました。

臼歯の根尖膿瘍で自然に臼歯歯根が腐って、動揺・抜歯するまでに1年という時間を要したことになります。

眼球突出400日目です。

左眼が突出していた時期と比較して、左眼は良好に改善しました。

おもちちゃんの場合、眼球摘出を予定していた2日前に眼窩膿瘍が弾けて排膿しました。

結果として、早急に眼球摘出を急がなくて良かったと思います。

排膿処置と内科的治療で1年以上の月日を要しましたが、回復出来て良かったです。

視力がどの程度回復しているかは測定できませんが、摂食行動や歩行などの日常生活には何ら支障ない状態に戻っています。

体重1kgあまりの小さな体で、1年以上にわたる治療に耐えて頂きました。

現在の結果は、おもちちゃんの頑張りはもとより、飼主様の愛情の賜物です。

今後は、歯のメンテナンスを中心に経過を診て行きましょう。

おもちちゃん、お疲れ様でした!

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