高齢ウサギの直腸脱
こんにちは 院長の伊藤です。
本日ご紹介しますのは、高齢ウサギの直腸脱です。
犬猫に限らずウサギも高齢の個体が全国的に増える傾向にあります。
高齢になると手術時のリスクも増えます。
今回は、14歳になる超高齢のウサギの症例です。
ウサギのサンタ君(14歳、♂、体重1.5kg)はお尻から腸が出ているとのことで来院されました。
ウサギの14歳と言えば、かなりの高齢です。
ウサギの平均寿命が7~8歳と言われてますから、人間の寿命に換算すれば100歳を超えています。
すでに来院時にグッタリ感のあるサンタ君です。
下写真の黄色丸が、今回直腸脱と思われる部位です。
肛門管から直腸または直腸粘膜の脱出するものを広義に直腸脱と呼んでいます。
慢性下痢、便秘、膀胱炎、直腸のポリープなどが原因で、排尿時や排便時のいきみやしぶりに続発して直腸脱がみられます。
脱出した直腸部からの出血で痂皮(かさぶた)が形成され、全容が把握できない状態です。
痂皮の中心部には糞便が取りこまれています。
患部を生理食塩水で洗浄します。
痂皮を洗浄・剥離する間に脱出していた直腸は自律的に戻っていました。
下写真青矢印は炎症を起こした包皮で、黄色丸は肛門です。
直腸脱再発防止として肛門の上下端に1針づつ縫合します。
これで排便が通常通り出来、直腸脱が納まれば1週間後に抜糸して治療は終了となります。
ところが、2日後に直腸が再脱出して、排便が出来なくなってるとのことでサンタ君は再診となりました。
脱出直腸の開口部が骨盤腔内に入り込んで排便が出来なくなっている可能性があります。
脱出しているのは、直腸の側面壁で床材との干渉で炎症・腫大しているかもしれません。
下写真黄色丸が脱出してる直腸です。
患部の拡大像です。
再度、患部を洗浄します。
脱出してる直腸の末端部は、直腸粘膜が炎症により肉芽増生した組織とそれに糞塊がへばりついた状態になっています。
黄色矢印は脱出した直腸粘膜で、青矢印は床面との干渉などで腫大した直腸粘膜側面です。
結局、全身麻酔下で脱出直腸を完納させることにしました。
サンタ君は14歳ということもあり、全身麻酔のリスクを十分に考慮しないといけません。
術前血液検査では肝腎機能に問題はなく、麻酔は実施出来そうです。
ここでウサギの全身麻酔のリスクの特徴を簡単に伝えます。
ウサギは、血液検査用採血や血管確保、気管挿管などが困難であるが故に麻酔関連リスクが高くなります。
例えば、鎮静・麻酔関連偶発死亡率(処置後48時間以内の鎮静・麻酔が死亡原因となる発生率)は犬0.17%、猫0.24%、フェレット0.33%、ウサギ1.39%、
チンチラ3.29%、モルモット3.80%、ハムスター3.66%、セキセイインコ16.33%という報告(Brodbelt D.C.,et al : Veterinary Anaesthesia and Analgesia 35, 365-373) があります。
ウサギの麻酔関連死亡率が犬猫の8倍と高く、一般にエキゾチックアニマルの麻酔はリスクが高いのがお分かり頂けると思います。
ウサギは生態系では、非捕食動物のため、デリケートな気質に加えてストレス感受性が高く、ストレス誘発性のカテコラミン上昇が原因でショックや心停止になります。
ウサギは解剖学的に胸腔が腹腔に対して著しく小さい点及び代謝率が高い点から、換気不全・呼吸停止や低酸素症にもなり易いです。
肋間筋運動に先立ち、横隔膜が動くことでガス交換を行うため、体幹部を抑えるような保定をすると腹腔内の内臓圧が横隔膜を圧迫し、呼吸停止を招きます。
従って、四肢の保定を含め、手術時の姿勢にも配慮が必要です。
当院では、手術台を斜めに傾斜させ、頭部を高く保ち内臓が横隔膜を圧迫しない姿勢を取ることが多いです。
また嗅覚が発達しているため、鼻呼吸がメインとなり、鼻気道粘膜に刺激性を有する吸入麻酔薬に対し、吸入時に呼吸を止める「息こらえ」を起こします。
その結果、高炭酸ガス血症や低酸素血症が起こります。
当院では、手術実施までにICUに入れて、40%の酸素下で肺を酸素化して手術に臨んでいます。
加えて局所麻酔薬を点鼻します。
これらの処置で息こらえは、ある程度コントロール出来ます。
そんな中で、超高齢であるサンタ君の麻酔を進めていきます。
4時間ほどICUで酸素化を行い、麻酔前投薬(メデトミジン、ケタミン)を投薬後、鎮静化したところでイソフルランのガス麻酔導入をしているところです。
サンタ君が落ち着いたところで、前腕部の橈側皮静脈に留置針を入れ、血管確保をします。
点滴を開始し、心肺停止など不測の事態にはこの血管から注射薬を投薬して備えます。
サンタ君のイソフルランによる麻酔維持が安定してきました。
生体情報モニターで体温、心電図、呼気終末二酸化炭素分圧(EtCO2)、動脈血圧、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)、呼気終末吸入麻酔濃度などをモニタリングします。
さて、下写真が脱出直腸粘膜の腫瘤化した患部です。
患部を洗浄します。
黄色丸が腫大・肥厚した脱出直腸壁です。
既に直腸壁というよりは、ポリープ化しています。
綿棒を挿入しているのが脱出直腸の開口部(黄色矢印)です。
変色・硬化した腫瘤を今回は切除する形で対応します。
過去の記事で直腸脱の手術紹介例を載せていますので、良かったら参照して下さい。
フェレットの直腸脱 前篇 ぺんね君の受難、フェレットの直腸脱 後編 ぺんね君救済計画、ハリネズミの直腸脱(後編)
上記のエキゾチックアニマルの直腸脱整復手術は壊死部の直腸を離断し、吻合する手術の症例報告です。
今回の場合は、脱出直腸壁が床材などの干渉で炎症・肥厚したもの(肉芽組織)なのか、あるいはポリープ・腫瘍の類と考えられますので、その個所を切除するだけで手術終了となるかもしれません。
下写真黄色直線部を離断する方針です。
サンタ君の維持麻酔は安定してきました。
手術台は頭側位に少し上げて傾斜してますが、下半身はタオルで持ち上げて肛門周囲が明らかになるようにしてます。
これから手術を実施します。
腫瘤を縫合糸で引っかけて、牽引します。
直腸内には綿棒が挿入されたままです。
綿棒を挿入することで、切開部が漿膜に達しているか確認出来ます(切開部から覗いて綿棒が見えます)。
2方向から支持糸で牽引します。
硬性メスで腫瘤と直腸の境界を切開します。
本来、腸組織は外側から漿膜、筋層、粘膜組織、粘膜、粘膜面という順番で構成されています。
今回は、直腸脱で反転してるため、構成順序は逆転してます。
粘膜面から筋層の一部までが腫瘤化しています。
直腸は血管に富んだ組織なので、思いのほか出血があります。
バイポーラ(電気メス)で止血します。
直腸壁の腫瘤切除は完了しました。
患部を生食で洗浄します。
腫瘤は幸い筋層に一部浸潤してました。
切除部を5-0の合成吸収糸で縫合します。
切除部の縫合は終了です。
下写真黄色矢印は脱出直腸を支持していた縫合糸です。
開口部の綿棒と支持糸を外します。
肛門内に脱出粘膜は反転して完納しました。
糞便が同時に排泄されてます。
下写真の黄色矢印は切除した腫瘤です。
手術は無事終了したので、イソフルラン吸入を停止します。
酸素吸入を終了して、覚醒までの経過を確認します。
サンタ君の意識が戻るにつれ、軟便の排泄が始まりました。
今回の件で、暫し排便が出来なかったため、排便量は多いです。
まだうつらうつらしているサンタ君ですが、呼吸はしっかりしています。
覚醒した後、ICUに移動します。
ICU内では内部を徘徊してます。
覚醒と同時に採食を始めました。
術後に食欲不振が一番気になるところですが、良かったです。
術後、翌日のサンタ君です。
麻酔の後遺症もなく、食欲もあり排便もスムーズに出来ています。
直腸の再脱出もなく、脱肛門周囲もきれいです。
切除した腫瘤です。
大きさが10×18×25㎜ありました。
直腸にこの腫瘤が既に形成され、障害物となり、スムーズな排便が出来なくなって、腹圧をかけて怒責した結果、直腸脱に至ったと思われます。
腫瘤の割面です。
病理検査の結果は炎症性のポリープでした。
退院後も特に問題なく、1週間後に来院されたサンタ君です。
排便も気持ちよく、いい便が出来ています。
14歳越えのサンタ君ですが、麻酔・手術もクリア出来て、さらに15歳目指して長生きして頂きたいと思います。
サンタ君、お疲れ様でした!
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