ウサギの粘液肉腫
こんにちは 院長の伊藤です。
本日ご紹介しますのは、ウサギの粘液肉腫という腫瘍です。
ホーランドロップイヤーのよつば君(12歳1か月齢、雄、体重1.5kg)は左前足に大きな腫瘍が出来て、起立も歩行も満足に出来ない状態です。
実は、よつば君は2年ほど前から当院に受診されており、歯のメンテナンスやエンセファリトゾーンの治療などを受けて頂いてました。
今回の症状の半年ぐらい前に左後肢の趾骨に3㎜ほどの腫瘤が形成され、細胞診を実施したところ、腫瘍の所見は認められないとの検査センターの報告でした。
その後は、左後肢の腫瘤の経過観察をさせて頂いてました。
後肢腫瘤のその後の過形成は治まっていたのですが、3か月前に左前肢の趾骨周辺に腫瘤が出来、あっという間に巨大な腫瘤になりました。
下写真の黄色丸が患部の腫瘤です。
重量があるため、よつば君は左前足を拳上することが出来ません。
3か月間、じわじわと腫瘍が腫大したのでなく、わずか数週間で一挙に巨大化した模様です。
患部を下(左側臥)にしてしか、姿勢を維持できないため床材との干渉で患部皮膚は裂けたり、出血があったりで細菌感染も合併症で起こっています。
また高齢であるが故、腫瘍の成長もそんなに大きくならないだろうという予想は裏切られました。
実質、数週間でこのように患部が大きくなってしまったため、飼主様も手術をすべきか悩まれました。
よつば君は既に年齢は12歳になられており、人間の年齢に換算すれば100歳に達している位の年齢です。
当然のことながら麻酔のリスクは高く、場合によっては、術中に亡くなる可能性も十分あります。
患部のレントゲン撮影を実施しました。
左手根関節(手首にあたる)が曲がったままで腫瘍に固定されている状態です。
手根関節部の拡大像です。
骨肉腫のように骨を原発として発生した腫瘍ではなさそうです。
側臥状態のレントゲン像です。
同じく手根関節部の画像です。
腫瘍組織が骨組織内にまで浸潤してないようです。
左側臥の姿勢のまま寝たきりであることが辛そうであり、出来たら何とかしてあげたいという飼主様の意向です。
よくよく悩まれた末の決断で腫瘍を摘出することとなりました。
麻酔のリスクを考えた時に極力短時間で手術を終了させる必要があります。
これだけの大きさの腫瘍ですから、栄養血管も多く走行していることでしょう。
出血量が多ければ、麻酔とは別に術中死亡する可能性も高いです。
正攻法で、皮膚から腫瘍を剥離するにしても広範囲に皮膚を欠損することになりますから、前肢の皮膚を皮弁法などで修復すると長時間の麻酔が必要となり、生還はさらに厳しいでしょう。
色々な角度から検討し、飼主様とも話し合って断脚という結論に達しました。
前肢の断脚は一般的には、肩甲骨切除もしくは肩関節での離断などを選択するのが正当な術式です。
しかしながら、それらの術式を選択すれば長時間の手術となります。
おそらく、よつば君はこれらの手術に耐えられません。
結局、一番短時間で対処できて出血も最小限に留められる前腕骨骨幹部を電気鋸で離断する術式を選択することとしました。
たとえ断脚してでも、よつば君をこの巨大な腫瘍から解放してあげたいとの飼主様の気持ちです。
私としては、短時間で確実に断脚を遂行して、速やかに全身麻酔から覚醒させることに集中します。
血圧が低下しており、術前の採血が出来ないことと点滴のための留置針を入れることも出来ません。
暗闇の中を疾走するような手術になりますが、飼主様にもこの点は十分にご了解を頂きました。
よつば君にイソフルラン単独で麻酔導入を実施します。
すでに麻酔導入から維持麻酔に移行したよつば君です。
腫瘍の大きさを測定しました。
腫瘍の大きさは90×100×140㎜ありました。
断脚する前腕部の皮膚を消毒します。
極力、短時間で断脚するよう手際よく切開部の皮膚外周を切皮します。
皮膚の切開が終わったら、筋肉層を離断します。
その際、筋肉層を合成吸収糸で結紮します。
筋肉層を硬性メスで離断します。
次いで、橈尺骨を電気鋸で離断します。
骨剪刃で断端部をトリミングします。
これで断脚は終了です。
最後に前腕部断端を包み込むように筋肉層で覆って、皮膚縫合をします。
僅かですが出血が認められる部位に吸収性局所止血材(®ヘマブロック)を噴霧します。
断脚後の縫合した断端部です。
ここまでで15分経過しました。
イソフルランを切り、酸素吸入しています。
下写真は、全身麻酔から覚醒したよつば君です。
体色が黒色のため、分かりずらいと思いますが眼はパッチリと開いています。
手術から生還出来て良かったと思えた瞬間です。
摘出した腫瘍と前腕部です。
重量を測定したところ510gありました。
手術前のよつば君の体重が1.5㎏ですから、体重の1/3を腫瘍が占めていたことになります。
体を循環する血液の何割かは、この腫瘍に流れ込んでいたでしょうから、術後の貧血、ショックなどの対策を慎重に行う必要があります。
腫瘍の病理所見です。
下の2枚は中拡大像です。
異型を示す紡錘形あるいは星状の腫瘍細胞の束状・同心円状の増殖が認められます。
さらに下2枚は高拡大像です。
腫瘍細胞は大小不同を示す類円形ないし長楕円形の淡染核を有します。
また、腫瘍巣内には多量の粘液様物質が貯留しています。
今回の腫瘍は粘液肉腫という病理医からの診断でした。
粘液肉腫は軟部組織肉腫のカテゴリーに属します。
皮膚と皮下組織に多く発生します。
ムチンから成る豊富な細胞外基質を多量に産生する未分化な間葉系細胞から発生する悪性腫瘍です。
よつば君の腫瘍は形態学的に低グレードの悪性腫瘍とのことでした。
術後にチモシーをたべているよつば君です。
術前の全身状態は良好とはいえない状態でしたが、重い左前足を離断して反応が良くなったように思えます。
この後、よつば君は水を20mlほど自ら進んで飲みました。
断脚しているため、自由な動きは出来ませんが、側臥から伏臥姿勢を自ら出来るようです。
この時点で、飼主様に元気なよつば君をお返しできると思っていました。
残念ながら、翌朝よつば君は急逝されました。
飼い主様に面会をして頂くよう連絡していた矢先の事です。
亡くなられた原因を追究すれば、いくつも列挙できると思います。
それらのリスクファクターを覚悟の上の挑戦でした。
とは言え、腫瘍を取り、スッキリしたよつば君を飼主様に何としてもお返ししたかった。
おもりのような腫瘍が取れて僅かの時間であれ、よつば君は開放感を感じてくれたと信じます。
また、そんなよつば君を飼主様に見て頂きたかったです。
私の力が及ばず残念です。
合掌。
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