こんにちは 院長の伊藤です。

本日ご紹介しますのは、犬の血管肉腫で脾臓が破裂して腹腔内出血に至った症例です。

これまでにも犬の血管肉腫についてコメントさせて頂きました。

過去の記事はこちらをクリックして頂けると幸いです。

血管肉腫は血管内皮細胞を起源とする悪性腫瘍です。

脾臓、右心房、皮下組織などに好発します。

特に脾臓原発性の血管肉腫は腫瘍部が急速に増殖し、破裂を伴い、致命的な大出血を引き起こします。

原発腫瘍の破裂を伴う腹腔内出血は、当初は無気力・食欲不振・可視粘膜蒼白などといった症状から急激な虚脱状態に至ります。

また脾臓破裂により、腫瘍細胞が腹腔内にばら撒かれることになります.

加えて、全身の血管内に血栓を生じる播種性血管内凝固不全(DIC)を引き起こす可能性があります。

血管肉腫、特に脾臓破裂は非常に危険な状態に陥るとの認識が必要です。

フレンチブルドッグの芽生ちゃん(9歳5か月齢、避妊済み、体重9.7㎏)は元気・食欲不振で来院されました。

歯茎の色を初めとして可視粘膜が貧血色を示しており(上写真)、明らかに元気がありません。

血液検査を実施したところ、RBC(赤血球数)が289,000/μl(正常値は5,500,000から8,500,000/μl)、Hb(ヘモグロビン)が6.7g/dl(正常値は12.0から18.0g/dl)、Ht(ヘマトクリット)が18.7%(正常値は37.0から55.0%)という貧血状態です。

CRP(炎症性蛋白値)が6.7mg/dl(正常値は0.0から0.7mg/dl)と体内で何かしらの炎症反応が起こっています。

レントゲン撮影を実施しました。

下写真の黄色丸は腫大した脾臓を示しています。

加えてエコー検査を行いました。

下写真は脾臓を示しています。

脾臓内には無エコー領域(黒く描出されている部分)が多く認められます。

この無エコー領域は、脾臓内に液体が貯留していることを示唆します。

さらに下写真では、腹腔内の腸管の間に液体が貯留している(黄色矢印)のが認められます。

以上の所見から脾臓から出血があり、いわゆる腹腔内出血(血腹)の状態に陥っていると推察されました。

血腹は緊急状態であり、出血部位を特定し(この場合は脾臓)、速やかな摘出が必要とされます。

早速、芽生ちゃんに全身麻酔を施します。

しっかり、維持麻酔が出来ています。

これから皮膚に切開を加えます。

腹膜下が暗赤色を呈しています。

これは腹腔内出血を疑います。

腹膜に切開を加えます。

下写真の切開部位(黄色丸)から血液が溢れ出し、黄色矢印の示す出血が認められました。

腹腔内をさらに切開して術野を拡大します。

加えてバキュームで血液を吸引します。

下写真のように腹腔内は血液で一杯になっています。

バキュームで吸引してもどんどん出血は続きます。

目票となる脾臓は血液の海の中に沈んでいます。

可能な限り血液を吸引して、脾臓にアプローチできるように努力します。

体外に脾臓を出したところです。

脾体部(黄色矢印)が腫大しているのが分かります。

脾臓の包膜からどうやら出血があるようです。

脾臓自体の出血を抑えるよりも脾臓自体を全摘出した方が、出血を止めるには確実です。

バイクランプを用いて脾動静脈、短胃動静脈、左胃大動静脈などをシーリングします。

シーリングを進めるうちに出血は少しづつ納まって来ました。

今回出血の原因となった破れた脾臓の包膜(下写真黄色丸)です。

無事、脾臓を摘出し閉腹しました。

芽生ちゃんの貧血状態が心配です。

私が手術している中、中嶋先生に当院の看板犬のドゥから輸血のための採血を指示しました。

ほぼ手術終了と同時に輸血を始めました。

芽生ちゃんの意識が戻って来ました。

まだ芽生ちゃんの視線が定まっていません。

ドゥからの輸血200mlを芽生ちゃんに入れます。

今回の芽生ちゃんの腹腔内から吸引した血液が約500mlありました。

下写真が回収した血液と使用したガーゼです。

摘出した脾臓です。

下写真の黄色丸は腫大した脾臓の脾体部を示します。

下写真の黄色丸、破れた脾臓包膜を示します。

2か所にわたって破れていました。

腫瘍が増殖する中で脾臓組織も脆弱になり、破裂に至ったと思われます。

脾臓包膜が破れて、実質が裂けています(下写真黄色矢印)。

脾体部の腫瘍と思われる部位にメスで割を入れてみました。

この脾臓を病理検査に出しました。

病理診断名は脾臓血管肉腫でした。

下写真は低倍率の病理写真です。

異型性のある内皮細胞により内張りされたスリット状・海綿状の血管腔が認められます。

中拡大像です。

腫瘤の大半は壊死、出血、繊維素析出で不明瞭です。

高倍率像です。

腫瘍細胞は少量の弱好酸性細胞質、大小不同を示す類円形正染核及び明瞭な核小体を有しています。

腫瘍細胞の脈管内浸潤は認められないとのことです。

芽生ちゃんはその後1週間入院して頂きました。

下は退院当日の写真です。

食欲も出てきて、経過も良好です。

赤血球数(RBC)は2,890,000/μlから4,700,000/μlまで増えました。

歯茎の色もピンク色に近くなっています。

飼い主様と一緒の1枚です。

出血多量ではありましたが、何とか無事退院出来て良かったです。

芽生ちゃんは、退院後の化学療法を勧めさせて頂きました。

ドキソルビシン単剤のプロトコルです。

退院後1週目の芽生ちゃんです。

食欲、元気もあり、経過は良好です。

下写真のドキソルビシンは、血管肉腫の化学療法に一般的に使用される抗がん剤です。

静脈に留置針を設置して点滴で投与します。

ドキソルビシンは単独で各種腫瘍に対し、高い抗腫瘍j効果を示します。

その一方、骨髄抑制や消化管毒性の他に心毒性、腎毒性などの有害事象を引き起こします。

また、血管外に漏出した場合、重篤な皮膚障害や組織壊死を招きます。

慎重に使用する必要があります。

今後は3週間間隔で5~6回、ドキソルビシンを点滴する予定です。

まだまだ治療が続いて大変ですが、しっかりスタッフ共々、芽生ちゃんをバックアップしていきます。

芽生ちゃん、飼主様頑張っていきましょう!

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