犬の子宮蓄膿症とクッシング症候群
こんにちは 院長の伊藤です。
本日ご紹介しますのは、子宮蓄膿症とクッシング症候群が合併症状として現れた症例です。
子宮蓄膿症は以前から他の記事で載せてありますのでこちらをご参照ください。
クッシング症候群については、副腎皮質機能亢進症ともいいます。
クッシング症候群は、副腎皮質から持続的に過剰分泌されるコルチゾール(副腎皮質ホルモン)によって引き起こされる様々な臨床症状及び臨床検査上の異常を示す病態を総称します。
その原因として以下の3つに分類されます。
①脳下垂体の腫瘍が原因で、副腎皮質刺激ホルモンが過剰に分泌されるタイプ。下垂体性腫瘍(PDH)と言います。犬のクッシング症候群の90%を占めます。
②コルチゾール分泌能を有する副腎皮質の腫瘍によるタイプ。機能性副腎腫瘍(AT)と言います。
③プレドニゾロンなどグルココルチコイド剤の過剰投与によっておこるタイプ。医原性クッシングともいいます。
クッシング症候群の症状は以下の通りです。
多飲・多尿
多食
腹部膨満
運動不耐性(動こうとしない)
パンティング(荒い呼吸)
皮膚の菲薄化
ミニュチュア・シュナウザーのリンジーちゃん(8歳7か月、雌)は1年近く前から多飲多尿の傾向があり、お腹が張って来たとのことで来院されました。
一日の飲水量が4Lを超えるそうです。
腹囲が張っているのがお分かり頂けるでしょうか?
まずは血液検査を実施しました。
白血球数が34,500/μlと高値(正常値は6,000~17,000/μl)を示しています。
CRP(炎症性蛋白)が7.0mg/dlオーバーとこれもまた高値(正常値は0.7mg/ml未満)です。
リンジーちゃんの体内で何らかの感染症や炎症があるのは明らかです。
次にレントゲン撮影です。
腹囲膨満が分かると思います。
気になるのは膀胱が過剰に張っていることです(下写真黄色丸)。
そして子宮(左右子宮角)も大きくなっており、下写真の白矢印で示した部位がそれに当たります。
側臥のレントゲン像です。
これも同じく膀胱(黄色丸)と子宮(白丸)を示します。
多飲多尿から、リンジーちゃんは排尿障害はでなく、スムーズに出来ています。
しかしながら膀胱がこれだけ大きく腫れている点から、慢性的に蓄尿期間が長かったのではと推定されます。
膀胱アトニ―といわれる膀胱壁が蓄尿によって伸びきってしまい膀胱の収縮が上手くできていない状態かもしれません。
次にエコー検査です。
白矢印は膀胱を示します。
黄色矢印は子宮を示し、低エコー像を表してます。
さらに調べますと、腫大した子宮角内に液体状の内容物(黄色矢印)が停留していることが判明しました。
以上の検査結果から、リンジーちゃんが子宮蓄膿症になっていることは明らかです。
加えて臨床症状からクッシング症候群の可能性もあるため、エコーで副腎の測定をしました。
下は、左副腎のエコー像です。
左副腎の長軸が4.2mmであり、健常な犬の副腎は6mm以下とされますので特に副腎の肥大は認められません。
次に右の副腎(下黄色丸)です。
右副腎は5.6mmでした。
こちらも正常な大きさです。
クッシング症候群については手術後に血液学的に内分泌検査を実施して確認することとしました。
子宮蓄膿症は緊急疾患です。
全身の感染症と見なすべきで、最善の治療は卵巣・子宮の摘出です。
まずは、リンジーちゃんの卵巣・子宮を摘出することとしました。
麻酔前投薬を行います。
リンジーちゃんのお腹を剃毛しました。
お腹が張っていることが分かると思います。
腹部正中線にメスを入れて切開します。
腹筋下に顔を出しているのは膀胱です。
随分と膀胱が腫大していますね。
子宮はこの膀胱の下に存在していますので、膀胱内の尿を吸引することとしました。
トータルで400mlの蓄尿が認められました。
尿を吸引するのに20分程もかかってしまいました。
下写真は吸引で小さくなった膀胱です。
やっと核心となる子宮を露出します。
大きなウィンナーソーセージが連結したような子宮が認められました。
腫大した分節上の子宮内にはおそらく膿が貯留しています。
卵巣動静脈をバイクランプでシーリングします。
子宮内膜の血管も同様にシーリングしていきます。
子宮頚部を縫合糸で結紮し離断します。
皮膚縫合して終了です。
麻酔から覚醒したリンジーちゃんです。
下写真は、摘出した卵巣・子宮です。
子宮蓄膿症は、全身性の感染症なので手術が終わったからといってすべて終了というわけではありません。
リンジーちゃんもこれから全身に回っている細菌を制圧するため、抗生剤の投薬をしていきます。
リンジーちゃんは入院中に先に申し上げたクッシング症候群の検査を受けて頂きました。
今回実施した検査はACTH刺激試験です。
この試験は、合成ACTH製剤(コートロシン)を筋肉注射し、ACTH投与前と投与1時間後の血中コルチゾールを測定して結果を評価します。
リンジーちゃんの検査結果はACH投与前は12.3μg/dl(正常値は1.0~6.0μg/dl)、投与後は29.3μg/dlと高値を示しました。
ACTH刺激試験でコートロシンに過剰に反応し、正常値を超える血中コルチゾールを示す点でクッシング症候群であることが確定しました。
加えて、副腎エコーで両副腎の大きさが正常範囲にある点で、リンジーちゃんは下垂体性腫瘍(PDH)であることが判明しました。
結局リンジーちゃんの場合は、多飲多尿の臨床症状は子宮蓄膿症によるものと、クッシング症候群によるものがブッキングしたものと思われます。
リンジーちゃんのクッシング症候群の治療は、アドレスタン(成分名トリロスタン)の内服を実施します。
このトリロスタンは全てのステロイドホルモン合成を阻害します。
結果、リンジーちゃんは暫くの間トリロスタンを内服して頂くことになりました。
子宮蓄膿症の術後の経過は良好で1週間後にはリンジーちゃんは元気に退院されました。
1か月後のリンジーちゃんです。
飲水量は一日あたり1L以下に治まってます。
腹囲も少し細くなりました。
リンジーちゃん、お疲れ様でした!
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